無料カウンセリング掲示板の質問
「子供の頃からの自殺願望」に関する質問
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七夜さん
初めて投稿させて頂きます。
以前の質問に同じような内容の質問はあったのですが、十人十色ということも考え私の場合ということで質問させて頂きたいと思い投稿させて頂きました。
私は小学生の頃、とある漫画を読んでいて自殺に憧れるようになりました。
こだわりが強く、心臓への一突き、自分の血を眺めながら力が抜けていく様子を夢想してきました。
ある種、その死に様にカッコよさ、潔さなどを感じ憧れているのだと思います。(外れれば痛む時間があるなどを考慮しても憧れてきました)
それ以外の手段は嫌だという気持ちもあります。
思春期の頃は自傷行為から自分の血をみるととても綺麗に見えることもありました。(今は特に何も感じませんが。)
憧れ初めてから今日に至るまで、ことに及ばなかったのは、自らの家の信仰が仏教でその中の書籍の中に「仏教徒たるもの自殺だけは絶対にしてはならない」との一文を見てしまったことから、常にブレーキをかけてきまし
た。
私にとってこの死への認識は、眠くなったら寝るというのと同じ感覚で、生きるのに疲れたりめんどくさく感じてくると大して辛くない時でも頭によぎります。
勿論辛いことや厳しい状況などの時は、甘い誘惑のように頭に浮かびます。
ただこの感覚に関して親しい方、心許せる方に話しても当然と言えば当然なのでしょうが、全く理解して頂けず、病院に行くことを勧められます。
人と違う感性なので、病院を勧められるのでしょうが、親しい方にも共感はできなくても理解してほしいと思ってしまいます。
隠し事が好きではないので、黙っているとストレスとなります。
両親や兄弟は黙って聞いてくれるのですが、信頼する方に話す時に心の病気に繋げられると自分では特殊な個性くらいにしか捉えていない為、あまりいい気分がしません。
ただ、一方で心から心配してくれていることもわかっているので複雑な心境です。
病院にかかって薬を服用すれば、そういう憧れはなくなるのでしょうか。
個人的にはこんなことを言って受診すれば、要観察患者として入院を強要されてしまうのではとか受診後についていいイメージが浮かばず、心の疲れを感じて受診するならありとしても、この話をする為に受診というのはど
うしても行きたくないと感じてしまいます。
また根本的なことだと思いますが、私自身がただ単に自分の個性程度にしか捉えられない為、それを治したいなどは全く感じてません。
そして、交友関係についても異性のご縁はありませんでしたが、交友関係には恵まれていたことから、コミュニケーションについて不便を感じることもありません。つまるところ、このことに関して日常生活に不便を感じて
いません。
また○○療法など服薬以外の手段には関心がありません。
高校生の頃にノイローゼになった際には、内観療法にてこれまでの感謝などについて取り組んだことがありますが、感謝は勿論全ての事柄に感謝できますが、生きていること、生かされていることということには、自分は死
に憧れているのにどうして生きることを前提に?と感じ、生きること自体に目を向けなければいけなかったことからとても気分が悪かったからです。また先述の通り日常生活に不便を感じていないことから、時間をかける必
要があると思われる(先入観かもしれませんが)○○療法みたいなのは抵抗があるからです。(日記をつけるだけでもめんどくさく感じてしまいます。)服薬なら飲めば終わりなので抵抗はありません。
こういう状況でまとまってないとは思うのですが、専門の方からみて何かアドバイスを頂けるようでしたら宜しくお願い致します。
2019年1月18日 19時27分
無料カウンセリング掲示板の回答
カウンセリングルーム~明日のHIKARI~
七夜さん、はじめまして。
カウンセリングルーム~明日のHIKARI~と申します。
七夜さんのお気持ち、拝読させていただきました。
自殺願望ということですが、このことにより
特別お困りのご様子もなく、ご自分をしっかり持っての
投稿のように思いました。
確かに「自殺願望」と聞くと、尋常ではないと思います。
しかしご自分でもおっしゃってる通り、「憧れであって
個性のようなもの」だと思います。
誰を傷付けるわけでもなく、自傷行為も過去のことであれば
単に憧れているだけなら、問題はないと思います。
ご自分でもこの考えを改めたいと思っているなら別ですが
特に服薬なども、必要ないかと思います。
ただ一般的には受け入れがたいし、親しい方々は心配して、
病院を進めるのも当然のことでしょう。
子供の頃から、自殺を美化してカッコイイものと捉え、
憧れるのは人それぞれですが、
ちょっと角度を変えて見るのはどうでしょうか?
物事には表裏一体の部分があり、自殺には美化出来ない部分も
あることも見てほしいと思います。
何より、自分は「カッコヨク」亡くなると思っても、
貴方の死をどれだけの人が悲しむのか、想像したことがありますか?
命は自分のものであって、自分だけのものではないのです。
決して「カッコイイ」だけでは済まされないものもあります。
今話したのは、七夜さんの価値観を変えるようなことかも知れません。
ですが、このことを頭の片隅に置いて、憧れ続けるのは構わないと
思います。
「自殺願望」は、普通の人に理解を求めるのは、難しいと思います。
かといって、心療内科等の病院に行くまでではないと思いますので
このような場所のカウンセリングを、受けられるのが宜しいかと思います。
2019年1月30日 13時09分
スピリチュアルコンサルティング&波動ラボManana(マナーナ)
はじめまして、マナーナです。
仏教のもととなった書籍バガヴァット・ギーターにより、何のために生きるのか?のヒントを得た方がたくさんいらっしゃいます。
眠れる預言者「エドガー・ケイシー」に人生におけるリーディングを依頼したときの質問が「この世に最も普遍的な書籍はバガヴァット・ギーター」という答えがありました。正確には翻訳者まで指定していましたが、
お考えの特徴などは、過去生なども関係あります。育った環境から構築された思考パターンが大部分です。
それらを相談により解決していく方法もありますが、もう一つ日本エドガーケイシーセンターの光田(ミツダ)さん、も自殺願望満載だった方が、エドガー・ケイシーの書籍で救われました。
人生においてもっとも大事なことは、霊性と思考を統一すること、忘れてしまった霊的目標を見つけ、それを実践することが人として生まれたことの役目ともいわれています。ケイシーセンターの光田さんの「霊的理想、または霊的目標」という動画9分ほどですが、ご覧になってみるのもよいかと思います。霊性、顕在意識、潜在意識これらが統一調和されてこそ人生の目的が達せられると思います。愛と調和をこめて、マナーナ
2019年1月29日 17時56分
心理カウンセリング らしんばん座
七夜さん、こんにちは。
カウンセリングルーム「らしんばん座」と、申します。
小学生の頃から、自殺に憧れるようになってしまったのですね。それも、特定の方法で、ある種の「美しさ」を持った死という物に憧れているのですね。
特に今すぐ死んでしまいたいと思っているわけではなくて、「死」に憧れる気持ちを持っていらっしゃるのだと、お見受けしました。
確かにこのお気持ちは、誰かに話したところで理解してもらえる、そういった物ではないと思います。
かといって、病院へ行けば直るといった性質の物でも無いとも思います。
ただ、カウンセラーはお医者さんではないので、診察とは治療と言ったことについてはお答えできかねますので、ご了承下さい。
ご相談を拝見して私が感じた物。これはおそらく、七夜さんがおっしゃるように、七夜さんの極端な個性のような物だと思います。
個性というか、ある種の性向のようなもの。ただそれが、世間一般の「常識」からすると理解できない物なので、「おかしい」としか言われないような物なのだと思います。
言ってみれば、LBGTのように、自分の性向なのでどうすることも出来ないけれど、世間からは理解されにくい、そういった物だと思います。
ただLBGTも、ようやく世間に認識されるようになってきました。
すべての人に理解されるのは難しいとは思いますが、七夜さんも「分かってくれる人」を探すことによって、受け入れられるための努力は出来ると思います。
「自殺」という行為に対する、ある種の憧憬というか美学というか、そういった物は古今の文学や芸術などに繰り返し表現されてきました。
だから、自殺に対してある種の憧れを抱くことは、必ずしも「異常」な事ではないと思います。
ただそれは、あくまでも「物語」の中の世界であって、現実の世界ではありません。
現実とは、あくまでも現実であって残酷な物であって・・・。
どんなに「美しく」死んだ人でも、死んだ後には、無惨な死体が残るだけです。
2019年1月22日 19時35分
グレイス・ピリオド カウンセリングルーム
はじめまして、グレイス・ピリオドの林と申します。
文章を読ませて頂きましたが、何の漫画なのか気になってしまいました。(もし、良かったら教えてください)
死に様として、ワンピースの白ひげの最期なんかは私もかっこいいなと思っています。
先の方もおっしゃっていますが、死生観は人それぞれあるので、それはそれで置いておけば良いかと思います。
ただ、希死念慮が強かったり、他の人に比べて死への抵抗が少ないというお考えなのであれば、それを他の人に話せば心配されてしまいますよね。
あなたの身近な人が「いやあ、きれいに死にたいよね」と話しかけてきたら、「え、どうした??」となりますよね。
まだ、文章を読む限り、あなたがどうしたいのかが見えてこない部分があります。
死への考え方を変えたいのか、それとも誰かに考え方を理解してもらいたいのか、信頼する方に自分を分かって貰いたいのか・・・
いろいろな気持ちが交錯していることだけは確かに感じます。
内観療法は、あくまで自分の中で答えを導いていくものなので、気持ちに折り合いがつかない時に実践しても、
余計に頭がこんがらがるかもしれませんね。
死への憧れの気持ちをじっくりとカウンセラーさんに聴いて貰うと、もしかすると死への憧れの裏に意味や感情が隠されているかもしれません。
そんな考え止めなさい、と受け止め切れない方もいると思うのでちゃんと話を聴いてくれる方に一度相談してみてはいかがでしょうか?
私のところでも構わないので、自分だけで抱え込まず相談してみて下さい。
あと、漫画のタイトルも教えてくださいね。
2019年1月22日 14時48分
臨床心理シランの室
七夜さん はじめまして。北九州の臨床心理シランの室です。
日常生活に不便を感じていないというのであれば、病院にかかる必要はないと思います。
あなたの「死の願望」(死に方のイメージへの陶酔…胸を刺して血を流しながら、だんだん意識が薄れていくというイメージ世界へのエクスタシーを伴う死にざま)、一種恍惚感を伴うバーチャルな世界…あなたが作り出すイメージの世界を薬で抑えることはできないでしょう。
仮に、あなたの今のイメージを抑えるような薬を服用したとすれば、あなたの他のイメージをも抑えられ、日常生活の思考自体やエネルギーも低下し、逆に生活に支障をきたすようになると考えられます。それは、妄想などを抑える薬になると思うからです。あなたには適さないでしょう。
あなたの問題は、あなたの心の中の問題ですから、あなたの心を対象にするしかないと思います。あなたは心の思いを親しい人に正直に表現したい、わかってほしいと心に収めることが出来ない性分のように思われます。
しかし、あなたの内界のイメージはなかなか理解されないと思います。そのイメージの織り成す世界は普通の大人では受入れられないイメージだからです。
かつて著名な小説家三島由紀夫という方がいました。彼の著作「憂国」という小説には、彼の死に方…みんなが注目する中で、国を救うために割腹自殺するというシーンが描かれています。
彼は、小説の主人公が演じた架空の世界を現実に実行した人です。48年前、彼は自衛隊でクーデータを起こし安田講堂を占拠しました。国民の注目する中で、割腹自殺をするという、センセーショナルな報道が全国を駆け巡りました。多くの精神科医の診断は,「自己愛性人格障害」でした。死に方をも美化し表現する一つの事例です。
あなたは、思春期のころ自傷行為で血の流れの中に美しさを感じたと述懐していますが、胸を刺して死ぬということと共通点があるように思われます。その甘美ともいえる自己表現、恍惚感。それは一種の自己愛ですが、あなたの自己愛の表現は、偏りがあるために人には受け入れられないのかもしれません。
そんなあなたには、内観療法は適さないでしょう。あなたが感じているように○○療法は、適さないかもしれません。
あなたには、あなたの話をしっかり聞いて受け止めてくれる人が必要だと思われます。
「自己愛」の適切な表現の仕方が課題でしょう。将来、結婚や、家庭を持つと言うことを考えると、「自己愛」「愛着」ということを一度見直されることが大事ではないでしょうか。
2019年1月22日 13時43分
こころの相談室 おうみ
あなたの死ぬことへの憧れは、生きていることや死んでしまうことを日常のことととらえている死生観とでも言えばよいようなものだと思いますので、変える必要のないもの、治療の対象とはならないものだと思います。自死願望の治療が必要な人は、現状に対してどうしようもないやりきれなさ、生きにくさから何とか逃避したくなって、そのことで気持ちがいっぱいになってしまっている人です。あなたはそうではないようです。
だからと言って、自傷行為や自殺行動をお勧めするわけにはいきません。なぜ死に憧れるのか、死に様とはどういうことなのか、カッコよさ、潔さとは何であるのか、それについて考えを深めていくのはどうでしょうか。あくまで例えばですが、なにかそれなりの生き方をしてきたから死に際がかっこいいと思うのか、そうではなくて生まれて生きる前にもう死んでいても憧れるようなものなのか、などです。
2019年1月22日 13時10分